ハクチュウム

2005年2月4日 連載
左手の薬指にマリッジリング

まあるく膨らんだ御腹

隣には最愛の人


季節は夏で

黒のチューブトップ
生地のよい膝下スカート
御腹をかばうシルクのスカーフ

髪をアップにしばって
薄化粧

でも唇にはたっぷりのグロス

場所は見慣れたクラブ

エキゾチックな音楽
首筋がぞくぞくするヒップホップ。


「何飲む?」

「グレープフルーツ」

彼の人にチケットを渡し
フロアの中心に目を遣る。

前の方から
俯いて
猫背で
揺れながら
こっちに
向かってくるのは


「藍人?」



目が合うふたり。


絶句。



「あはは」



笑い出したのはあたし。

気まずそうな藍人。


「結婚しちゃった」

指輪をひらひら。

御腹に視線。

「赤ちゃんもいるんだな、これが」

あたしはずっとずっと笑顔。

つられるように
でもいつものあの
皮肉な笑顔で

「そっか」

と笑った。


「藍人は?」

「ん?」

「彼女いるの?」

「ああ。」

「そっか。元気してる?」

「ああ。」

やっぱり
会話にならないんだね
あたしたち。


「誰?」

戻ってくる彼の人。

「あ、藍人くん。友達。」


硬直する藍人の身体。


「じゃ、行くわ。」


後姿を見送る。


「元カレ。」

「え?」

「そうだろ?」

「ん。」

「そか。」

「なんでわかった?」

「目。」

「目?」

「嘘つくとき、うるうるするって知ってた?」

「え?」

「うさぎみたい。」

自分のお酒を一口飲んで
彼の人は言った。

「妬けちゃいますな。」

グレープフルーツごくり。
あたしは言った。

「妬けちゃいません。」


場面変換。


帰ろうと階段を降りるふたり。

立ち止まる。

あの子があたしを見送った場所で。

ケンカしたな、あの時。


「ちょっと待ってて。」



中にもう一度駆け戻る。

フロアには人が埋め尽していて
前の方は全く見えない。

掻き分け、掻き分け
突き進む。

迷惑そうに押し返される。

(倒れる)

そう思った瞬間。

腕を掴まれる。


「何してんの。」


ああ。

この手。

あたしが愛した

不機嫌な目。

悪戯な唇。


「探してた。」

「は?」

「言いたくて。」

「え?聞こえない。」

「あたしね」

「もっと大きい声出してよ。」


フロアは音楽と他愛も無い会話で
あたしたちを遮る。


「あたし」

「え???」

「好きだった」

「もう一回。」

「大好きだった!藍人のこと!」

聞こえたらしく目を丸くする。


はあと息が荒くなる。


「それだけ!ばいばい!」

立ち去ろうとすると

腕を掴まれた。


何か言ってる。
聞こえない。

もっと大きく。


ぐいと引き寄せられた
息で鼓膜を震わせた。


(おれも)


笑った。

ふたりで。



階段に戻ると
座り込んでる
最愛の人。

隣にちょこんと座る。


「お待たせしました。」

「なーにやってんだか。」

「あら、ご機嫌ナナメ?」

「別に。」

「あ。」

「ん?」

「嘘ついた。」

「なんで?」

「知らなかった?嘘つくとき
 鼻がひくひくするって。」

「まじ?」

「まじまじ。」

あたしは笑って
彼の鼻先に
素早くクチヅケた。


「行きますか。」

立ち上がって手を差し伸べる彼。

しっかり握るあたし。


もうほどけないようにと

願いながら。

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